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水戸地方裁判所 昭和53年(ワ)82号 判決 1983年9月13日

原告 菊池ろく ほか九名

被告 国 ほか二名

代理人 橋本忠雄 荒蒔洋一郎 ほか二名

主文

1  原告菊池ろくが別紙物件目録(一)記載の土地につき、原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同齊藤勇、同加藤ちか、同菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の九名が同目録(二)記載の土地につき、被告国に対し、それぞれ所有権ないし共有持分を有することの確認を求める訴えを却下する。

2  原告菊池ろくと被告中山正夫及び同株式会社幡谷不動産の両名との間で、別紙物件目録(一)記載の土地が同原告の所有であることを確認する。

3  原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同齊藤勇、同加藤ちか、同菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の九名と被告中山正夫及び同株式会社幡谷不動産の両名との間で、別紙物件目録(二)記載の土地につき、原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同齊藤勇、同加藤ちかの五名は各六分の一の、原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の四名は各二四分の一の、共有持分をそれぞれ有していることを確認する。

4  被告株式会社幡谷不動産は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の各土地につき、水戸地方法務局昭和五二年五月一四日受付第一九七八九号をもつてなしたところの各所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

5  被告中山正夫は、被告国に対し、右各土地につき、昭和二〇年二月二八日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

6  被告国は、原告菊池ろくに対し、別紙物件目録(一)記載の土地につき、昭和三二年二月二六日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

7  被告国は、第3項記載の原告らに対し、別紙物件目録(二)記載の土地につき、昭和三二年二月二五日付売買を原因とする、同項記載の各共有持分の所有権移転登記手続をせよ。

8  被告中山正夫及び同株式会社幡谷不動産の両名は連帯して、原告菊池ろくに対し金六〇万円、原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同齊藤勇、同加藤ちかに対し各金一〇万円宛、原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男に対し各金三万円宛及び右各金員に対する昭和五三年四月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

9  原告らの、その余の請求を棄却する。

10  訴訟費用は、原告らに生じた費用の二分の一と被告国に生じた費用についてはこれを三分し、その二を被告国の、その余を原告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告中山正夫及び被告株式会社幡谷不動産に生じた費用についてはこれを四分し、その三を同被告らの、その余を原告らの負担とする。

11  この判決は、第8項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

1  原告菊池ろくと被告らとの間で、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件(一)の土地」という。)が同原告の所有であることを確認する。

2  原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同斉藤勇、同加藤ちか、同菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の九名(以下、一括して、「原告斎藤ら」ということがある。)と被告らとの間で、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件(二)の土地」という。)につき、原告斉藤義政、同斉藤清、同高倉佐加江同斉藤勇、同加藤ちかの五名は各六分の一の共有持分を、原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の四名は各二四分の一の共有持分をそれぞれ有していることを確認する。

3  被告株式会社幡谷不動産(以下「被告会社」という。)は、本件(一)及び(二)の土地につき、水戸地方法務局昭和五二年五月一四日受付第一九七八九号をもつてなしたところの各所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

4  被告中山正夫は、被告国に対し、本件(一)及び(二)の土地につき、昭和二〇年二月二八日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

5  被告国は、原告菊池に対し、本件(一)の土地につき、昭和三二年二月二六日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

6  被告国は、原告齊藤らに対し、本件(二)の土地につき、昭和三二年二月二五日付売買を原因として、右第2項記載の各共有持分の所有権移転登記手続をせよ。

7  被告らは、連帯して、原告菊池ろくに対し金三〇〇万円、原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同斉藤勇、同加藤ちかの五名に対し各金五〇万円宛、原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の四名に対し各金一五万円宛及び右各金員に対する昭和五三年四月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

8  訴訟費用は被告らの負担とする。

9  右第7項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告中山及び被告会社の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する被告国の答弁

(本案前の答弁)

1 主文第1項同旨。

2 右訴えの部分に関する訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 請求の趣旨第7項につき仮執行免脱宣言。

第二原告の請求原因

一  (所有権確認及び登記手続請求の原因)

1  本件(一)及び(二)の土地は、いずれも、もと被告中山の所有であつたところ、被告国は、昭和二〇年二月二八日被告中山よりこれを相当額で買い受けた。

2  原告菊池は、昭和三二年二月二六日、被告国より、本件(一)の土地及び同被告が所有していた、水戸市吉沢町字東割六三〇番の二、同所六三二番の一の土地(以下、同所所在の土地については、単に地番のみで表示する。)を代金合計四万九七二〇円で買い受けた。

3  訴外齊藤はつ(原告齊藤らの被相続人)は、昭和三二年二月二五日、被告国より、本件(二)の土地及び同被告の所有していた六二一番の二、六二二番、六二三番の一、六二四番の一、六二五番、六二六番の二の土地を代金合計一二万四六七〇円で買い受けた。

4  しかるに、本件(一)及び(二)の土地の登記簿上の所有名義人は依然として被告中山のままになつており、なおかつ、同被告から被告会社のために、昭和五二年五月一四日受付で本件仮登記が経由されている。

5  前記齊藤はつは昭和四六年五月二五日に死亡し、原告である長男齊藤義政、二男齊藤清、三女高倉佐加江、四男齊藤勇、養女加藤ちかの五名がそれぞれ六分の一宛の相続分を相続し、はつの長女の亡飯嶋まさ(昭和三四年八月二八日死亡)の子である原告菊沢洲(まさの長女)、同竹内三千(同二女)、同仲田義子(同三女)、同飯嶋秀男(同二男)の四名がそれぞれ相続分の二四分の一宛を代襲相続した。したがつて、原告齊藤らは、本件(二)の土地につき、右各相続分に応じた共有持分を取得した。

6  右の経緯で、原告らは、本件(一)及び(二)の土地につき正当に所有権ないし共有持分を取得したにもかかわらず、被告らは、これを争つている。

二  (金員支払請求の原因)

1  右一2記載のとおり、被告国は、原告らに対し、売主として所有権移転登記手続をなすべき義務を負つており、かつまた右義務のあることを自認してきていたにもかかわらず、原告らの再三の請求に対しても、何らその義務を果たそうとしなかつた。かかる被告国の義務不履行の態度は、債務不履行となるのみならず、何ら理由のない不当な怠業として不法行為を構成するものというべく、これによつて原告らの蒙つた損害を賠償する責任を負う。

2  被告中山は、本件(一)及び(二)の土地が、第二次世界大戦中に旧陸軍省に買収され、これが自己の所有するものでなく、原告らの所有となつたことは充分承知していたにもかかわらず、後記抗弁(第四の二)の如く昭和五二年五月六日、これを被告会社に売却し、本件仮登記までも経由しているものであつて、その行為態様は違法きわまりなく、また被告会社は不動産業者であつて本件(一)及び(二)の土地が被告中山のものでないことは充分知つており、もしくは知るべきであつたにもかかわらず、被告中山の売却行為に積極的に加担したものであつて、被告中山及び被告会社の右各行為はいずれも、原告らの所有権ないし共有持分に対する不法行為を構成するから、右被告両名は、これによつて原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。

なおかつ、右被告両名は、原告に対し、債務不履行責任をも負つているものであるから、二次的に右責任を理由とする損害賠償を求める。

3  原告らは、被告らの右の如き違法な行為により、本訴提起を余儀なくされ、このため小林英雄弁護士に対し本件訴訟の提起と追行を依頼した。そして、原告菊池は、同弁護士に昭和五三年三月三日に着手金として金一〇〇万円を支払い、かつ勝訴したときには、成功報酬金として金二〇〇万円を支払うことを約した。

また、右同日原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同齊藤勇、同加藤ちかは同弁護士に対し着手金として各金一七万円宛を支払うとともに成功報酬金として各金三三万円宛を支払うことを約し、原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男は、各金五万円宛を着手金として支払い、成功報酬金として各金一〇万円宛を支払うことを約した。

右は、いずれも、被告らの前記不法行為ないしは債務不履行による損害であつて、被告らは、この損害を賠償する義務がある。

仮に、右弁護士費用の支払が、被告らの不法行為もしくは債務不履行による損害とは認められないとしても、原告らは、被告らによる前記不法行為もしくは債務不履行により、多大な精神的苦痛を味わつており、これを慰籍するためには、どんなに低く見積つても、原告ら各自につき、右の着手金支払類と成功報酬支払約束額との合計額をもって相当とすべきである。

三  (まとめ)

よつて原告菊池は本件(一)の土地につき、原告齊藤らは本件(二)の土地につき、被告らに対し、請求の趣旨第1項、第2項記載の所有権ないし共有持分を有することの確認を、所有権ないし共有持分に基づき、被告会社に対し、本件仮登記の抹消登記手続を、被告中山に対し、被告国に代位して被告国への所有権移転登記手続を、被告国に対し請求の趣旨第5項、第6項記載の所有権移転登記手続を求めるとともに、原告らは被告らに対し不法行為ないしは債務不履行に基づく損害賠償として請求の趣旨第7項記載の損害金及びこれに対する遅滞の後である昭和五三年四月七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告国の本案前の答弁の理由

被告国は、後記請求原因に対する答弁のとおり、本件(一)及び(二)の土地を原告菊池及び齊藤はつに売渡し、その所有権を譲渡していることを現在でも認めているのであるから、被告国に対する本件所有権等の確認の訴えは、その確認の利益を欠く不適法なものといわなければならない。

第四被告中山及び被告会社の請求原因に対する答弁及び抗弁

一  請求原因に対する答弁

1  請求原因一1のうち、本件(一)及び(二)の土地がいずれももと被告中山の所有であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件(一)及び(二)の土地が、被告国(旧陸軍省)によつて買収されていない事実は、隣接の被買収地には、登記簿あるいは公簿上買収された旨の記録があるにもかかわらず、本件(一)及び(二)の土地にはかかる記載が全くないこと、本件(一)及び(二)の土地付近の買収は、第二次世界大戦の終戦間際になされたものであり、当時の情勢なども加わつて、旧陸軍省はかなりルーズかつ強引な方法で買収を行なつていることからすると、遠隔地に居住していた所有者である被告中山に無断で勝手に買収地として扱い不法に使用していたということも充分考えられること等の事情により明らかである。

2  請求原因一2及び同3の事実はいずれも不知。

3  同4の事実は認める。

4  同5の事実は不知。

5  同6のうち、被告中山及び被告会社が、原告らの所有権ないし共有持分を争つていることは認める。

6  請求原因二2は争う。

前記のように、被告中山は、本件(一)及び(二)の土地を買収されたことがないばかりか、原告らとの交渉や調停の過程においても一貫して自己が所有者であると主張していたものであり、決して、登記簿上の所有名義が自己名義となっていることを奇貨として、本件(一)及び(二)の土地を被告会社に売却したものではない。被告中山はたまたま昭和五二年四月に教員を退職したのを契機に、老後のことも考え、本件(一)及び(二)の土地を売却することにし、知人の紹介により被告会社を知り、後記抗弁のとおり、これと売買契約を締結するに至つたものである。

被告中山から売却方の申込みを受けた被告会社では、登記簿の公図の閲覧等により、本件(一)及び(二)の土地が被告中山の所有であることを確認し、なおかつ現地で近隣に住む者から所有者が被告中山であることを聞き、右売買をしたものである。被告会社が本件(一)及び(二)の土地を購入した目的は、将来関連会社(被告会社は、茨城県内では、自動車デイーラー会社等の一大企業群を擁する「幡谷グループ」の一角を占め、関連会社の不動産管理を主たる営業目的としている。)の営業所等に利用することにあり、何ら不自然ではない。なお、本件(一)及び(二)の土地を購入するに際し、被告会社では、現に耕作している原告らから所有関係について確認してはいないが、これは、被告中山から、小作人がいることは聞かされていたが、従来、被告会社においては、本件のような取引に際し、事前に小作人に直接会うといつたことはなかつたことの故によるものであり、不動産会社として軽卒のそしりは免れない点があるとしても、単なる過失の域を出るものではないから、これをもつて背信的な行為ということはできないものである。

7  請求原因二3は争う。

前記のように、本件(一)及び(二)の土地は、被告国によつて買収された事実がないのであるから、原告らの請求は前提事実を欠くものであつて失当である。

仮に百歩譲つて、何らかの理由で本件(一)及び(二)の土地が被告国に買収された事実が認められ、原告らがその所有権ないし共有持分を取得しているとしても、前記のような事情からすれば、被告中山及び被告会社が自己の権利を主張することは極めて自然であり、法律上許される権利主張であることは疑いない。そうすると、原告らが委任したところの弁護士に対する費用相当額を右被告両名において負担すべきいわれはないといわなければならない。

8  請求原因三は争う。

二  被告会社の請求原因一に対する抗弁

被告会社は、昭和五二年五月六日、被告中山から、本件(一)及び(二)の土地を坪当り三万円で買い受けた(以下「本件売買」という。)ものであり、これに基づき本件仮登記を得ている被告会社は、原告らが対抗要件を具備するまでは、原告らの本件(一)及び(二)の土地に対する所有権ないし、共有持分の取得を認めない。

第五被告国の請求原因に対する答弁及び抗弁

一  請求原因に対する答弁

1  請求原因一1ないし4はすべて認める。

2  同5の事実は不知。

3  同6については、右記のように被告国は、原告菊池及び齊藤はつに対し本件(一)及び(二)の土地を売渡し右両名が正当に所有権を取得したことを認めているものである。

なお、被告中山は、被告国が本件(一)及び(二)の土地を買収したことはない旨主張しているが、以下の事実に照らせば、買収の事実は明らかというべきである。

(一) 本件(一)及び(二)の土地の周辺の土地はいずれも旧陸軍省から買収されていること。

旧陸軍省が水戸南飛行場及び吉田陸軍航空通信学校用地として第二次世界大戦の終戦時まで使用してきた土地約二三五町歩の形状はおおむね別紙図面(一)上に赤枠で示したものであるところ、これらの土地は、昭和一四年ころから昭和二〇年ころまでにかけて数次にわたつて徐々に買収されたものである。その一部である本件(一)及び(二)の土地及びその隣接地約三町歩は最後に買収の対象とされたものであり、その位置及び範囲はおおむね前記図面上に黄色を施した部分(以下、この部分を「最終買収地」という。)に当たる。そして、最終買収地の具体的地番を登記簿その他の資料に基づき公図(旧土地台帳付属地図、<証拠略>)上に示すと、ほぼ、別紙図面(二)の1ないし3上に朱線で囲んだ部分となる。

そこで、本件(一)及び(二)の土地に隣接する一六筆について、以下に買収の事実を明らかにする。

(1) 六二一番ないし六二六番の土地について

右土地は、いずれも訴外齊藤駒告(原告齊藤義政の祖父)の所有であつたところ、右土地のうち、六二一番の二、六二二番、六二三番の一、六二四番の一、六二五番及び六二六番の二の各土地については、農地買収をしていないのに、自作農創設特別措置登記令(以下「自創登記令」という。)一四条一項の規定(右規定は、自作農創設特別措置法の規定に基づく買収のみならず、他の原因に基づく所有権取得の場合にも適用がある。)に基づく茨城県知事の申出により、右各土地の登記用紙はいずれも閉鎖されている(<証拠略>)。このことは、右各土地が被告国によつて買収され、かつその旨の登記も既に経由されていたことを裏付けるものである。そのため被告国において被買収者である前記齊藤駒吉の娘齊藤はつからの売払申請に基づき、該土地(ただし、六二三番の一、六二四番の一の各土地のうち、総理府所管部分を除く)を一括して昭和三二年二月二五日齊藤はつに売り払つており、その後六二一番の二畑五五〇一平方メートルとして、表示及び所有権保存の各登記を経由した上、齊藤はつの相続人である原告齊藤義政の所有名義に移転登記ずみである(<証拠略>)。

(2) 六二七番及び六二九番の土地について

右土地は、いずれも訴外鬼沢富太郎の所有であつたところ、右土地のうち、六二七番及び六二九番の一については、既に被告国のために昭和二〇年二月二八日買収を原因とする所有権取得の登記が経由されている(<証拠略>)。

そこで被告国は、右各土地(軍用地として、さきに買収された六二九番の二の土地の一部を含む。)について、右鬼沢富太郎の相続人鬼沢實からの売払申請に基づき昭和三二年二月一一日これを同人に適法に売り払つた(ただし、移転登記は未了)ものである(<証拠略>)。

(3) 六三〇番の土地について

右土地は、訴外中山惣吉(被告中山の兄)の所有であつたところ、昭和一五年六月二五日同番の一、二に分筆された上、同番の二については、旧陸軍省のために昭和一四年八月一五日買収を原因とする所有権取得登記が経由され(現在は、総理府において所管されている。)ている。更に、昭和一九年三月一日残地である同番の一が同番の一、三に分筆されたが、いずれについても買収の登記が経由されていない(<証拠略>)。しかし、右分筆登記が、買収登記の前提としてなされたものであることは、その分筆の時期、位置及び過去(昭和一九年ころから終戦時にかけて)における軍の占有使用関係からみて明らかである。

(4) 六三二番の土地について

右土地は、被告中山の所有であつたところ、昭和二二年三月三一日農林省が自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)に基づき買収の上、訴外菊池秀雄に売り渡した旨の登記が経由されている。しかし、右買収以前の昭和一九年四月一日に、該土地が同番の一、二に分筆されていること及び同番の二が最終買収の対象地であつたことに徴すれば、農林省が買収の対象とすべき土地は同番の一のみであるべきところ、同番の二をも含めて買収したのは誤りであつたものである(<証拠略>)。

(5) 六三五番、六三六番及び六三七番の土地について

右土地は、いずれも訴外大森藤介の所有であつたところ、六三五番の二については、昭和二〇年二月二八日旧陸軍省において買収した旨の登記が経由されており(<証拠略>)、六三六番の二についても、農地買収がないのに自創登記令による閉鎖申出がなされていることから、買収の事実は明白である(<証拠略>)。

なお、残地である六三六番の一については、これを買収した旨の登記は経由されていないが、右大森藤介の相続人大森藤彦が、昭和三二年二月二八日被告国から該土地の払下げを受けていることから買収の事実は明白といえる(<証拠略>)。また、六三七番についても昭和一四年九月二〇日旧陸軍省において買収したものであることが明らかである(<証拠略>)。

被告国は、前記大森藤彦からの申請に基づき、昭和三二年二月二八日、右土地のうち、現に総理府所管部分を除く二反五畝一三歩を六三五番の二、六三六番及び六三七番とそれぞれ新たに地番を付して適法に売り払つたものである(<証拠略>)。

(6) 六三八番の土地について

右土地は、訴外大森藤介、同永山源衛門両名の共有であつたところ、昭和一六年三月一四日同番の一、二に分筆の上、同番の二は、既に昭和一四年九月四日付けで旧陸軍省のために所有権保存の登記が経由され(<証拠略>)ており、残地である同番の一については、自創登記令に基づく申出により登記用紙が閉鎖されている(<証拠略>)。

なお、この六三八番の一の土地については、前記永山源衛門の相続人訴外永山清からの申請に基づき、昭和三二年二月一一日被告国は同人にこれを売り払つているものである(<証拠略>)。

(7) 六三九番の土地について

右土地は、同番の一、二に分筆されたのち、両筆とも、農地買収もないのに自創登記令に基づく申出により登記用紙が閉鎖されているので、買収の事実は明らかである(<証拠略>)。

ただ、登記用紙が閉鎖されているため、分筆の時期及び被買収者を知ることはできないが、昭和三二年二月一一日前記永山清からの申請に基づき被告国は同人にこれを売り払つているものである(<証拠略>)。

(8) 六四〇番の土地について

右土地も前記6の土地と同様、右大森藤介、同永山源衛門両名の共有であつたところ、昭和一六年三月二九日、同番の一、二に分筆の上、同番の二については、昭和二〇年二月二八日旧陸軍省において買収したものである(<証拠略>)。

なお、該土地は昭和三二年一二月二八日前記大森藤介の相続人大森藤彦からの申請に基づき被告国は同人にこれを売り払つているものである(<証拠略>)。

以上詳述したように、本件(一)及び(二)の土地の周辺の土地は、いずれも旧陸軍省から買収されたことは明らかである。そして本件(一)及び(二)の土地は、これら最終買収地のほぼ中央に位置していることから、本件(一)及び(二)の土地のみが買収の対象から除外されることはありえない。

(二) 旧陸軍省が本件(一)及び(二)の土地を終戦時まで占有使用してきたこと。

本件(一)及び(二)の土地を含む最終買収地は、買収の行われた昭和一八、一九年ころから、旧陸軍省において、吉田通信学校施設の一部として、最終買収地に給水塔、炊事場、便所、豚舎、鶏舎等の工作物を設置し、更には資材置場として終戦時まで占有使用してきたものであり、現在においても前記買収地の各所にその形跡が残存しており、本件(一)及び(二)の土地上にも、炊事場、便所の形跡が顕著であつて、軍による占有使用の事実は明白である。

(三) 本件(一)及び(二)の土地については、いずれも自創法による買収がなされていないこと。

先にも述べたとおり、本件(一)及び(二)の土地は戦前から原告らの被相続人によつて小作されており、かつ、被告中山は、いわゆる不在地主であつたのであるから、同法の施行に伴いこれらの土地は当然に買収の対象とされるべきところ、他の隣接地と同様、右の買収がなされていない(六三二番の一のみが同法によつて買収されていること前述のとおり)。

このことは、該土地が、既に旧陸軍省によつて買収され、被告国の所有に帰していたことを示すものである。

(四) 被告中山は本件(一)及び(二)の土地の買収の事実を知悉していたこと。

前記最終買収地は、戦後大蔵省が被買収者(その相続人を含む)からの申請に基づき、同人らにこれを売り払つたのであるが、本件(一)及び(二)の土地については、これを旧耕作者ないしその相続人である原告菊池及び齊藤はつに売り払つたものである。そして、右両名方では、右売払いを受けた前後から今日に至るまで引き続き耕作しているが、被告中山は右の事実を知悉していながら最近に至るまで、小作料の支払請求等の本来地主として行使し得る権利を全く行使していなかつたものである。すなわち、被告中山は被告国が本件(一)及び(二)の土地を買収した昭和一九年ころまでは、右両名方から小作料を徴収していたのであるが、それ以降は、全く受け取つていない。このことは、被告中山が昭和四四年ころ、右両名側に対しいわゆるハンコ代として本件(一)及び(二)の土地の価格の三分の一相当額を要求した事実と相俟つて、被告中山が、旧陸軍省により既に買収されていたとの事実を知悉していたことを示すものである。

4  請求原因二1は争う。

原告らは、被告国が原告らに対する所有権移転登記手続の履行を怠つていたことをもつて、不法行為もしくは債務不履行が成立する旨主張するが、後記のとおり、被告国には、右登記手続を行なわなかつたことにつき、「故意又は過失」(民法七〇九条)も、また「責に帰すべき事由」(同法四一五条)もなかつたばかりか、原告らが求めているところの、弁護士費用は、被告国に関する限り、いかなる意味においても、不法行為もしくは債務不履行と相当因果関係にたつ損害ではなく、また精神的苦痛に対する慰藉料についても、原告らが仮に被告国の登記手続懈怠により精神的苦痛を受けていたとしても、本訴によつて登記手続が経由されることにより右精神的苦痛は慰藉され他に法的に保護すべき精神的苦痛が存するものとは解し難いから、原告らの右主張は失当である。

被告国から原告らに対する所有権移転登記手続が延伸した理由は以下のとおりである。

本件(一)及び(二)の土地につき、第二次大戦が終了し、旧陸軍省の使用占有が終わつた後、小作人であつた原告菊池及び齊藤はつから売渡しを求める陳情が被告国(所管庁関東財務局水戸財務部)に対しなされるようになつたが、右土地については、被買収者である被告中山から被告国への所有権移転登記が経由されていなかつたため、所管庁においては右陳情の対策に苦慮していたところ、原告菊池及び齊藤はつは被告国に対し、「被告中山とは以前地主と小作人の関係にあつたので、登記については被告中山との間で話し合いの上処理するので、是非払い下げて欲しい。」旨強く要望してきた。そこで被告国は、右両名から、「登記手続については右両名と被告中山との間で処理する。」旨の了解を取りつけたうえ、昭和三二年二月二五日に齊藤はつに対し本件(二)の土地を、同月二六日に原告菊池に対し、本件(一)の土地をそれぞれ売り渡したものである。

しかるに、その後相当年月が経過した後になつて、右了解事項にもかかわらず原告らは被告国に対し、所有権移転登記手続の履行を求めてきたため、被告国において調査したところ、旧陸軍省が被告中山から本件(一)及び(二)の土地を買収したことに関する資料が、戦後間もなく焼却されていて皆無であつたことも関連して、被告中山は登記簿上、所有者が被告中山名義のままになつていることを奇貨として被告国に対する所有権移転登記手続に応じようとしなかつたため、被告国においても原告らに対する所有権移転登記手続が困難な状況となり、今日に至つたものである。

二  請求原因一に対する被告国の抗弁

被告国と原告菊池及び齊藤はつとの間には、本件(一)及び(二)の土地を売り渡すに際し、前記一4の了解事項が存したので、被告国は、原告ら側で、被告中山から被告国に対する所有権移転登記の承諾を得てこない限り、原告らに対し所有権移転登記手続をする義務はない。

三  請求原因二の債務不履行を理由とする損害賠償請求に対する被告国の抗弁

1  前記のように、被告国は、原告菊池及び齊藤はつに対し本件(一)及び(二)の土地を売渡す際、右両名との間で、右両名に対する所有権移転登記手続については右両名と被告中山との間で処理し、被告国は責任を負わない旨特約しているのであるから、被告国が登記手続を行なわなかつたことをもつて、被告国に損害賠償責任ありとすることはできない。

2  被告国と原告菊池及び齊藤はつとの間の本件(一)及び(二)の土地の売買契約は、遅くとも昭和三二年二月二六日に締結されたものであるから、原告らの被告国に対する債権的登記請求権は昭和四二年二月二六日の経過をもつて時効消滅しているのであり、したがつて右債務の不履行を理由とする損害賠償請求権も同日をもつて時効消滅したものである。

被告国は、本訴において、右時効を援用する。

第六抗弁に対する原告らの認否及び再抗弁

一  被告会社の抗弁に対する認否

前記第四の二「被告会社の請求原因一に対する抗弁」1のうち、被告会社と被告中山との間で本件売買契約が締結され、本件仮登記が経由されている事実は認める。

二  被告国の抗弁に対する認否

1  前記第五の二「請求原因一に対する被告国の抗弁」に対する認否

否認する。

2  同三「請求原因二の債務不履行を理由とする損害賠償請求に対する被告国の抗弁」に対する認否

(一) 同1は争う。

被告国は、原告らが再三移転登記手続を求めていたのに、これを適当にあしらつてきたのが今までの経過であり、昭和四九年には、被告中山から調停を提起されたのに、この時にも何ら誠意ある態度に出なかつたのであり、その責に帰すべき事情の存在は明らかである。

(二) 同2のうち、被告国と原告菊池及び齊藤はつとの間で、遅くとも昭和三二年二月二六日まで本件(一)及び(二)の土地につき売買契約が締結されていること、及び被告国が本訴において時効援用の意思表示をしていることは認めるが、その余は争う。

三  被告会社の抗弁に対する再抗弁

被告会社は、本件(一)及び(二)の土地が原告らの所有であること及び被告中山が登記名義が自己にあることを奇貨として、原告らの対抗要件具備を妨げるために売却しようとしていたものであることを十分知りながら、これを買い受け、本件仮登記を経由したものである。したがつて、被告会社はいわゆる背信的悪意者であつて、原告らの登記の欠缺を主張し得る正当な第三者とはいえない。

すなわち、被告会社は、不動産会社であつて、本件(一)及び(二)の土地の占有者が長期間原告らであつたこと、土地占有について原告らと被告中山との間に別に紛争はなかつたばかりか、賃料等の授受もなかつたこと等を知つていたものであり、この事実に照らせば、被告会社がいわゆる背信的悪意者であることは明らかである。

四  被告国の消滅時効援用に対する再抗弁

1  被告国は、原告らに対し、移転登記義務を常に自認してきたのであるから、債務承認による時効中断によつて、時効は完成していない。

2  国たるものが、本件のような事案において時効を持ち出すというのは不見識も甚だしく、したがつて、右時効の援用は権利の濫用であつて無効である。

第七右再抗弁に対する被告らの認否

一  右第六の三「被告会社の抗弁に対する再抗弁」に対する被告会社の認否

被告会社がいわゆる背信的悪意者であるとの主張は否認する。前記のとおり、被告会社は、本件(一)及び(二)の土地の所有者が被告中山であることを確認したうえ、本件売買により買い受けたものであつて、原告らの非難はあたらない。

二  第六の四「被告国の消滅時効援用に対する再抗弁」に対する被告国の認否

右再抗弁1及び2とも争う。

第八証拠 <略>

理由

一  (被告国の本案前の答弁について)

被告国は昭和三二年二月二六日原告菊池に対し本件(一)の土地を売り渡して以来、現在も同原告が右土地の所有権者であるとの事実を認めている。また被告国は同年同月二五日齊藤はつに対し本件(二)の土地を売渡して以来、同訴外人が右土地の所有権者である事実を認めてきている。したがつて、同訴外人が死亡し、その相続人が原告齊藤らである事実が証明される限り(この点は、後記のとおり、証明されているので)、原告齊藤らの共有に帰している事実を被告国は認める態度である。以上のことは、本件記録上明らかであり、かつまた後記認定のとおり、原告菊池及び齊藤はつに本件(一)及び(二)の土地を売り渡した昭和三二年二月以降原告らの本訴提起(訴状送達の日は昭和五三年四月六日)に至るまでの間においても、売渡しを担当した水戸財務部は、原告らの本件(一)及び(二)の土地についての所有権移転登記手続の要求には応じていなかつたものの、これは主に登記簿上の所有名義が被告国にはなく、被告中山にあつたためであつて、原告らが本件(一)及び(二)の土地の所有者であること自体はこれを承認していたものと認められる。

そして、右の如く登記簿上において、本件(一)及び(二)の土地の所有者が被告中山のままとなつていること自体は、単に被告中山と原告らとの間の所有権帰属の争いが反映されているに過ぎないものといいうるのであつて、右事実によつて、被告国が原告らの本件(一)及び(二)の土地に対する所有権ないし共有持分を争つているものとはなしがたい。

そうすると、原告らの被告国に対する、本件(一)及び(二)の土地についての所有権ないし共有持分を有することの確認を求める訴えは、その利益を欠くものであるから、不適法であつて却下を免れないものといわなければならない。

二  (所有権の帰趨)

1  本件(一)及び(二)の土地がいずれももと被告中山の所有であつたことはすべての当事者間に争いがなく、また、被告国(旧陸軍省)が昭和二〇年二月二八日に、本件(一)及び(二)の土地を被告中山より相当価額にて買収した事実は原告らと被告国との間では争いがない。

しかるところ、被告中山及び被告会社は、被告国による右買収の事実の存在を争つているので、以下この点について判断するに、<証拠略>を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  旧陸軍省は、昭和一四年ころから同二〇年二月ころまでにかけて、旧東茨城郡吉田村及同酒門村(現在はいずれも水戸市内)所在の土地約二三五町歩(約二三三万平方メートル)の買収を行ない、これを、第二次大戦終終了時まで、水戸南飛行場及び吉田陸軍航空通信学校用地として使用していた。右買収対象地の形状はおおむね別紙図面(一)上に赤枠で示されているものであり、そのうち、同図面上で黄色を施した部分は、第二次大戦の末期になつて買収の対象地となつたが、当該部分(以下「最終買収対象地」という。)を地番の入つた公図上に示すと、ほぼ別紙図面(二)の1ないし3上に朱線で囲んだ部分となる。

しかるところ旧陸軍省による右買収手続は、任意売買という形で進められたが、実情は、当時の情勢を反映して、どちらかといえば一方的なものであり、ことに最終段階においてはその傾向が強まつていたことが窺えるものの、当然のことながら、権利者の承諾を得ることを前提として手続が進められたものである。

なお、右買収手続に関する資料は、戦後間もなく政府の指令により悉く焼却され、現存していない。

(二)  被告中山は本件(一)及び(二)の土地を、昭和一八年に兄中山惣吉から遺贈されたのであるが、右遺贈を受ける以前より、本件(一)の土地は原告菊池が、本件(二)の土地は原告齊藤らの被相続人である齊藤はつらが賃借して耕作していた。そして昭和一九年ころ旧陸軍省による買収対象地となり、このため原告菊池らは、このころ右土地の耕作をやめ、その後間もなく、本件(一)及び(二)の土地を含む一帯の土地上に、給水塔、炊事場、便所等の旧陸軍の施設が築造された。しかし、右築造物は戦後間もなく取り毀され、その残骸として土台のコンクリート塊のみが各所に依然として残つており、本件(一)の土地の中心部にも三個これが残されている。

(三)  最終買収対象地で本件(一)及び(二)の土地の周辺にある土地のうち、登記簿上旧陸軍省による所有権取得登記が経由されているものはない(もつとも証拠としてすべての登記簿が提出されているわけではない。)が、水戸市備付の土地台帳上では、六三二番の一(<証拠略>、もつとも六三二番の一の土地が六三二番の土地のどの部分なのかは右土地台帳のみでは必ずしも判然としないが、<証拠略>の買収対象地の区画及びその面積等からして南側の本件(二)の土地に接する部分と推認される。)の土地について昭和一九年二月二九日に、中山惣吉から被告中山への所有権移転を経由したうえ、同日旧陸軍省が買収したとの六三五番の二(<証拠略>、前同様に六三五番の南側の本件(二)の土地に接する部分と推認される。)、六四〇番の二(<証拠略>、同様に、六四〇番の南側の部分と推認される。)の各土地について、昭和二〇年二月二八日に旧陸軍省が買収したとの各記載がある(なお、六三二番の一についての買収の日は右のとおり記載されているが、六三五番の二、六四〇番の二の買収の日及び次に認定する六二七番等の買収の日に徴し、右記載は昭和二〇年二月二八日の誤りであると考えられなくはない。)。

また、六二七番及び六二九番の一(前同様に六二九番の北側の本件(二)の土地に接する部分と推認される。)については、昭和三三年六月になつて、昭和二〇年二月二八日買収を登記原因とする訴外鬼沢富太郎から被告国への所有権移転登記が経由されている(<証拠略>)。もつとも、被告国は、右登記前の昭和三二年二月一一日の時点で右鬼沢富太郎の相続人らとの間で右土地を売払う旨の契約を締結している(<証拠略>)から、右登記がその後になつて経由されるに至つた理由はやや不分明であるが、いずれにしても、右登記の事実から所有者であつた鬼沢富太郎及びその相続人らにおいて、右土地が昭和二〇年二月二八日に被告国(旧陸軍省)によつて買収されていた事実を自認していたことは推認される。そして、別紙図面(二)の1の買収対象地の区画からすると六二九番の一の土地は、六二九番の北側の、本件(二)の土地に接する部分と推認される。

さらにまた、六三六番の一の土地についてはその旧所有者の相続人である大森悳雄が、六四二番ないし六四四番、六四八番、六四九番の土地については、その旧所有者である坂本五郎が、それぞれ、昭和二〇年二月ころに、旧陸軍省によつて買収されたことを認めている。

他方、九二〇番の三、九二一番の二、九二三番、六二一番の二、六二二番、六二三番の一、二、六二四番の一、二、六二五番、六二六番の二、六二九番の二、六三〇番の二、六三五番の二、六三九番の二、六四二番の二、六四三番、六四八番の一、二、六四九番の二、六五八番の三、六六一番の四の各土地については、昭和二五年七月二五日付で茨城県知事から、水戸地方法務局に対し、自創登記令一四条一項に基づく登記簿閉鎖の申出(<証拠略>)がなされており、このことから右各土地は昭和二五年七月二五日の時点で被告国の所有に帰しており、かつその旨の登記も経由されていたものと推認される。

これに対し、本件(一)及び(二)の土地については、その所有者である被告中山が旧水戸市内に居住して、いわゆる不在地主であつたにもかかわらず、自創法による買収の対象地となつていない。

(四)  被告中山は本件(一)及び(二)の土地の賃料を、その所有者となる以前の昭和一五年ころから、昭和一九年ころまで訴外大森義之助を介して受け取つていた(被告中山本人尋問の結果(第一、二回)中には、昭和二二年ころまで賃料を受け取つていた旨の供述部分があるが、その根拠はきわめてあいまいであり、かつ前記認定のとおり、原告らは、昭和一九年ころから本件(一)及び(二)の土地を耕作していないとの事実に照らすと右供述部分はにわかに措信しがたい。)が、それ以後は全く受け取つていない。

のみならず、被告中山は、原告らとの間で本件(一)及び(二)の土地について紛争が生じた後の昭和四四、五年ころまでの間に、本件(一)及び(二)の土地の現地に赴いたことも、かつまた原告らに対し所有権者としての権利主張をしたこともなかつた。

もつとも、本件(一)及び(二)の土地に対する税金については、被告中山が支払つていた。

なお、被告中山本人尋問の結果(第一、二回)中には、昭和二三年に、旧吉田村役場に行つて、本件(一)及び(二)の土地が被告中山所有のままになつていることを確認した旨の供述部分があるが、その後の経過等に照らすといかにも不自然であつて措信することができない。

以上の事実、すなわち、本件(一)及び(二)の土地は、昭和一九年ころから、旧陸軍省によつて使用占有されていたこと、本件(一)及び(二)の土地の近隣の土地は、いずれも、昭和一九年二月二九日ないし昭和二〇年二月二八日付で旧陸軍省によつて買収されていることが明らかであるか、あるいは、昭和二五年七月の時点で自創登記令一四条一項によつて登記簿の閉鎖の対象となつていること、本件(一)及び(二)の土地は不在地主である被告中山の所有であつたから、終戦当時においても被告中山の所有のままであつたのなら当然自創法による買収の対象となつてしかるべきなのに、これがなされていないこと、被告中山自身、昭和二〇年ころ以降は、本件紛争が発生する昭和四四、五年ころまでの二十数年もの長い間、原告らに対し全く所有者としての権利主張をしていないこと(前記認定のとおり、本件(一)及び(二)の土地に対する税金を支払つている事実は認められるが、意識的に納税してきたのではなく、これは被告中山所有の他の土地に対する税金とともに一括して支払われてきた結果にすぎないものと認められるから、この一事をもつて、被告中山が所有者である根拠とはなしがたい。)を総合すると、本件(一)及び(二)の土地についても、遅くとも昭和二〇年二月二八日に旧陸軍省による買収がなされたものと認めるのが相当であり、右買収の事実はなかつた旨の被告中山本人尋問の結果(第一、二回)中の供述部分は、採用するに由なく、他に、右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、被告中山は、兄中山惣吉が、その所有地を買収されたことはあつても、昭和一八年に自己が遺贈を受けた後は、買収があつたことはないかのように述べるが、前記六三二番の一の土地に対する買収の事実と明らかに矛盾する。)。

2  原告菊池が、昭和三二年二月二六日、被告国より本件(一)の土地及び同被告が所有していた他二筆の各土地を代金合計四万九七二〇円で買い受けたこと、並びに、齊藤はつが同月二五日、被告国より本件(二)の土地及び同被告が所有していた他六筆の各土地を代金合計一二万四六七〇円で買い受けたことは、原告らと被告国との間では争いがなく、原告らと被告中山及び被告会社との間では<証拠略>によつて右事実が認められる。

3  本件(一)及び(二)の土地につき、その登記簿上の所有名義人が被告中山のままになつていること、及び被告会社のために、本件仮登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

4  被告会社の抗弁のうち、被告会社が昭和五二年五月六日、

被告中山から本件(一)及び(二)の土地を坪当たり三万円で本件売買により買い受けたことは原告らと被告中山及び被告会社との間で争いがなく、また被告中山及び被告会社が原告らの所有権取得を否認する旨の主張を被告会社が行なつていることは本件記録上明らかである。

5  被告国は、「本件(一)及び(二)の土地を売り渡す際、被告国(売主)と原告菊池及び齊藤はつ(買主)との間に、この両名義が登記手続については被告中山との間で処理する旨の了解事項が存したから、原告ら側で被告中山から被告国に対する所有権移転登記の承諾を得てこない限り、被告国から原告らへ所有権移転登記手続を行なう義務はない。」との抗弁をしているが後記三2で認定するように右了解は、被告中山から被告国への移転登記に必要な被告中山の意思表示を原告菊池及び齊藤はつにおいて取り付けることを取り決めたにすぎず、本件訴訟において被告国が、被告国から原告らへの移転登記に必要な意思表示を拒む理由とはなり得ないものというべきである。

6  そこで、原告らの再抗弁の主張であるところの、被告会社がいわゆる背信的悪意者であるか否かの点について判断するに、<証拠略>を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告中山と原告らとの間では、被告国(水戸財務部)も交えて昭和四〇年ころから、本件(一)及び(二)の土地の登記名義の移転について交渉がもたれたが、解決をみるに至らなかつた。そこで昭和四九年になつて、被告中山の方から原告ら及び被告国を相手方として調停の申立てがなされたが、ここでも話し合いはまとまらず不調に終わつた。

なお、右調停係属中の時点ころにおいて、被告中山とその代理人であつた小室昌介弁護士が、原告らの代理人である小林弁護士方を訪れたことがあり、その際、小室弁護士の方から、「このまま本件(一)及び(二)の土地を第三者へ売却してもよいのか。」という質問があり、小林弁護士の方で、「そういうことはしない方がよい。」との返事をしたことがあつた(この事実を否定する被告中山本人の供述部分は措信できない。)。

(二)  被告中山と被告会社との間で結ばれた本件売買契約(<証拠略>)中には、代金額決定の理由として、問題がなければ坪当たり三万円とするが離作料反当り一〇〇万円、解決費用二五〇万円を代金額から差引く旨明記されており、その代金支払方法についても、手付金二〇〇万円は売買契約成立時に支払うが、残金の一七六五万円については離作等が解決したとき等とされているのみで、明確な期限は定められておらず、現在に至るも残代金は支払われていない。

(三)  被告会社の本件売買手続の担当者であつた訴外長谷川家次は、本件仮登記が経由された二日前の昭和五二年五月一二日に、水戸財務部に対し電話で、「本件(二)の土地につき原告齊藤義政が不法占有しているので排除してほしい旨被告中山から依頼を受けているが、被告国が原告齊藤に売つたと聞いているのでそれが合法的なものかどうか」との照会をしており、その際、水戸財務部の係官は合法的である旨回答している。

その後、同月一四日受付で本件(一)及び(二)の土地につき、被告会社への本件仮登記が経由された後、同年六月二日に、右長谷川は水戸財務部を直接訪れ、被告国が本件(一)及び(二)の土地を処分したのは事実か否か、及び被告国が被告会社から本件(一)及び(二)の土地を買い受けるつもりがあるか否かの二点について質問しており、これに対し、水戸財務部の係官は、前者の質問に対してのみ事実である旨の回答をしている。

(四)  本件(一)の土地については原告菊池が、本件(二)の土地については原告齊藤義政らが、被告国から売渡しを受けた昭和三二年ころから所有の意思をもつて継続して耕作しており、被告会社も、右長谷川において、本件売買当時原告菊池及び原告齊藤義政が被告中山に小作料を支払うことなく本件(一)及び(二)の土地をそれぞれ耕作していることを、被告中山から知らされていた。

以上の事実及び前記二1で認定した事実並びに被告中山及び被告会社において本件売買契約を締結するに至つた事情についての被告中山本人及び証人長谷川家次の各供述部分には不自然なところがある(すなわち、被告中山は、老後の生活資金を得る目的で本件(一)及び(二)の土地を売つた旨供述しているが、肝心の代金支払時期についての定めは前記認定のとおりきわめてあいまいであり、また証人長谷川家次は、自動車の修理工場用地として買つた旨供述しているが、前記認定のとおり、同証人は売買契約成立のわずか一か月足らずの時点で、すでに被告国に対し本件(一)及び(二)の土地の買い受け方をもちかけている。)点等を総合すると、被告中山は、本件売買契約当時、本件(一)及び(二)の土地が既に被告国に買収されたうえ原告菊池及び齊藤はつに売渡され、以来今日まで長年月にわたり原告らにおいて所有の意思をもつて耕作占有してきていることを知つていながら、登記簿上自己所有名義のままになつていることを奇貨として不当の利得を得る目的でこれを被告会社に売り渡したものであり、かつまた被告会社においても、右長谷川を通じて、右のような事情を十分認識しながら、同様の目的でこれを買い受け、さらに、本件仮登記に先立ち被告国に齊藤はつに対する売渡しの事実を照会し、これを肯定する旨の回答を得たにもかかわらず、あえて本件仮登記を経由して、原告らの登記欠缺を主張しているものであると認めるのが相当であり、これを否定する証人長谷川家次及び被告中山本人の各供述部分は措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうだとするならば、被告会社が原告らの本件(一)及び(二)の土地に対する所有権取得登記の欠缺を主張することは、信義則上許されないといわなければならない。

よつて、原告らの再抗弁は理由がある。

7  <証拠略>によれば、訴外齊藤はつは昭和四六年五月二五日に死亡し、原告齊藤義政(はつの長男)、同齊藤清(同二男)、同高倉佐加江(同三女)、同齊藤勇(同四男)、同加藤ちか(同養女)の五名がそれぞれ六分の一宛を相続し、はつの長女の亡飯嶋まさ(昭和三四年八月二八日死亡)の子である原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の四名がそれぞれ二四分の一宛を代襲相続している事実が認められる。

8  以上によれば、原告らの、被告中山及び被告会社に対する請求の趣旨第1項及び第2項記載の各所有権の確認請求及び被告らに対する同第3項ないし第6項記載の各登記手続請求はいずれも理由があることに帰する。

三  (被告国に対する損害賠償請求について)

1  被告国が原告菊池及び齊藤はつ(原告齊藤らの被相続人)に対し、昭和三二年二月二五日及び同月二六日に、本件(一)及び(二)の土地を売り渡したこと、及び右売買を理由とする所有権移転登記が経由されていないことは前記認定のとおりである。

2  しかるところ、<証拠略>を総合すると、原告菊池及び齊藤はつらは昭和三〇年ころから、本件(一)及び(二)の土地を含む一帯の被告国が所有する土地の売渡しを求める陳情を被告国(大蔵省水戸財務部)に対して行なつていたこと、被告国(右財務部担当係官)としては、本件(一)及び(二)の土地については、登記簿上の所有者が依然として被告中山名義になつていたことから、本件(一)及び(二)の土地については売渡しにちゆうちよを感じていたところ、原告菊池及び齊藤はつから、「登記名義の書換えはこの両名側で行なうので、どうしても売渡してほしい。」旨の強い要望があつたこと、そこで、被告国は、右両名から、「被告中山から被告国への登記名義の書換えについては原告らの方で解決する」旨の確認を得た上で、そのような合意の下に、他の土地と一括して本件(一)及び(二)の土地も売渡したこと、その際、被告国の方では、被告中山との間で何らの交渉も行なつていないこと、以上の事実が認められ、他に、右事実を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、被告中山から被告国への登記名義の変更については原告菊池及び齊藤はつの方で解決することを自認していた以上、被告国が、被告中山から被告国への所有権移転登記を経由するため何らの行為も行わなかつたことをもつて、被告国に債務不履行があつたものとはいえないし、また、被告国から原告らへの所有権移転登記を経由することは、被告中山から被告国への所有権移転登記がされない限り履行が不可能である(移転登記手続に必要な売主としての意思表示をすることは可能ではあるが、現実に登記を経由することが不可能である限り、右の意思表示をすることは無意味である。)から、この点においても被告国に債務不履行があつたものとはいえず、まして、これらをもつて、被告国の不法行為であるということはできない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告国に対する損害賠償請求は理由がない。

四  (被告中山及び被告会社に対する損害賠償請求について)

1  前記二で認定したとおり、被告中山及び被告会社は、本件(一)及び(二)の土地が原告らの所有ないし共有であることを知りながら、登記名義が被告中山名義であることを奇貨として本件売買をして被告会社への本件仮登記を経由したものであるから、右被告両名の前記所為は、原告らに対する不法行為を構成するものといわざるを得ず、したがつてこれによつて原告らの蒙つた損害を賠償しなければならない。

そして、被告中山及び被告会社によつてなされた右不法行為と、原告らが右不法行為によつて生じた事態から自己の所有権ないしは共有持分を回復すべく、本訴を提起するため出費した弁護士費用との間には、以下に認定する範囲で相当因果関係があるものと解するのが相当である。

2  <証拠略>によれば、原告らは、本訴を提起するにあたり、小林英雄弁護士に本訴の提起及び追行を委任し、その際、原告菊池において着手金として金一〇〇万円を支払い、勝訴のときには成功報酬金として金二〇〇万円を支払うことを約し、原告斎藤らにおいても同額の着手金の支払い及び成功報酬金の支払いを約している事実が認められる。

しかして、被告中山及び被告会社の右不法行為の態様及び本件訴訟の審理の経過に鑑みると、右のうち、原告菊池については、六〇万円、原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同齊藤勇、同加藤ちかの五名については各一〇万円、原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の四名については各三万円をもつて、被告中山及び被告会社の不法行為と相当因果関係にある損害と認めるのを相当とする。

五  (まとめ)

よつて、原告らの本訴請求のうち、(一)所有権ないし共有持分の確認を求める部分のうち、被告国に対する分は不適法であるから却下し、その余の被告両名に対する分は理由があるものとして認容し、(二)被告らに対する各登記手続を求める部分は全部理由があるものとして認容し、(三)損害賠償請求のうち、被告中山及び被告会社に対し、原告菊池が金六〇万円、原告齊藤義政、同齊藤清、同高倉佐加江、同齊藤勇、同加藤ちかの五名が各金一〇万円宛、原告菊沢洲、同竹内三千、同仲田義子、同飯嶋秀男の四名が各金三万円宛及び各金員に対する訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五三年四月七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余の請求は失当であるので棄却し、(四)仮執行の宣言につき民事訴訟法一九六条一項、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条、九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 龍前三郎 大橋寛明 大澤廣)

物件目録 <略>

別紙図面(一)、(二)の1、2、3<略>

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